ベテラン対決

 選手たちの練習が始まった。よかった、バラックがスタメン組に入っている。いやそんなことよりも、一時はもう怪我から復帰できないのではと思われたバラックが、目の前でボールを蹴ってる、走ってる! そのことが嬉しかった。怪我から復帰した後も、ここに来るまで険しい道のりが続いていたからなおさらだ。この試合のチケットを購入した一ヶ月半前は、クラブで出番のないバラックは放出されるのではないかと噂されていたから、「なんとかレヴァークーゼンに残ってほしい」と願っていたっけ。無事に残留したその後は、「途中出場でもいいから、プレーしてほしい」と願っていた。それを思うと、わずか一ヶ月半でよくここまで盛り返してきたと思う。本人の努力ももちろんだが、中盤に怪我人が相次いだことも、彼にとっては追い風となった。やはり、バラックは巷で言われるほど不運ではないのだ。


 そんなことを思い返しているうちに練習が終わり、選手たちはピッチを去って控え室へ。選手たちがいなくなってテンションが下がったのか、とたんに夜の寒さが身にしみてきた。とりわけ下半身が寒い。上半身はセーターにダウンコートとばっちり防寒しているのだが、下半身はジーンズとブーツだけ。さっきからずっと歯の根がガチガチ鳴って、噛み合わない。暖かい飲み物でもほしいところだが、我慢してすっかり泡の消えたビールをちびちび飲んでいると、場内に勇ましい音楽が鳴り響いた。周囲の視線がいっせいに正面 のオーロラビジョン「BayArena TV」に集中する。スタメン発表だ。
 スタジアムDJが選手のファーストネームを叫ぶと、観客がラストネームを叫び返す。「ステファーン!」「キースリンク!」「ミヒャール!」「バラーック!」ドイツならではのスタメン発表に、観客のボルテージも自然と上がっていく。
 両チームのスタメン発表が終わると、それを待ちかねていたように、サポーターが大声でレヴァークーゼンの応援を始めた。ほとんど男の声だけで構成される野太いチャントが響き渡り、手拍子が場内に広がっていく。私も立ち上がって手を叩いた。ふと周囲を見ると、人の良さそうな老紳士が両手をポケットにつっこみ、チャントに合わせて全身でリズムを取っていた。その様子がいかにも楽しそうなのだ。声を出したり手拍子をするなどして、積極的に応援に参加はせずとも、自分流に試合観戦を楽しんでいる。サッカー文化が根づいていることを感じさせられるのは、こんな何気ないワンシーンなのだ。
 チャントが終わると、今度はスピーカーから流れる応援ソング「Leverkusen」に合わせて大合唱が始まった。私も歌詞の意味は分からなくても、聞き取れる部分だけ口まねで歌った。ゆったりした曲調がどことなくセレッソの応援歌「POWER AND THE GLORY」を思わせ、妙に耳になじむ。特にサビの「Leverkusen, wir sind die Macht am Rhein」のメロディーは覚えやすく、帰国後もレヴァークーゼンの試合を見るたび、自然と胸の中でリフレインしている。

 “レーヴァクーゼン〜”の歌声とともにフラッグやマフラーが振られるなか、「BayArena TV」に入場前の選手たちが映し出された。緊張した面持ちで整列する選手たちに混じって、バラックが笑っている。エスコートキッズと手をつなぎながら、その子どもとにこやかに談笑している。それを見たとき、ああ、この人は心からこの瞬間を楽しんでいるんだと感じた。
 レヴァークーゼンの応援歌が続くなか、先に、ピッチ中央でチャンピオンズリーグマークをぱたぱたさせる役目の子どもたちが入場してきた。さっきは笑っていたバラックも、入場直前には真剣な表情になる。「ベテラン対決」ということだろうか。カメラはバラックとともに、バレンシアのアルベルダの顔もアップでとらえた。そして、かけ声とともに選手たちの列が動き出す。

⇒続く