滑り続ける運命

 バラック=不運というイメージは、メディアがつくってきた一面もある。先に挙げた「ewige Zweite(永遠の二位)」だけでなく、「tragische Held(悲劇の英雄)」という呼び名も、バラックにはついてまわる。W杯を目前にした2010年5月、相手選手に削られて重傷を負った時に、Bild誌に載ったコラムのタイトルもこれだった。そしてこの怪我以降、バラックの運命は坂道を滑り落ちるように降下し続け、なおさらメディアは彼を「悲劇の英雄」と定義づけた。バラックが「キャリア最後」と語っていたW杯を欠場、そして「このチームで引退したい」と熱望していたチェルシーFCからの強制退団。怪我を克服して復帰したのも束の間、再び相手選手に削られて重傷を負う。数ヶ月後に復帰した時には、すでに代表チームに彼の居場所はなかった。――とまあ、ざっと振り返ってみると、表面 的には確かに悲劇だ。「滑り続けるバラックの運命」と、イングランドの新聞は書いた。だが滑り続けて落ち着いた場所が、古巣のレヴァークーゼンだったこと。目立つ「悲劇」の陰で見過ごされがちたが、それは大きな幸運だった。

 レヴァークーゼンに復帰するよう、バラックに働きかけたのはフェラーだった。「バラックの大ファン」を自認するフェラーが、レヴァークーゼンのスポーツディレクターであったことも、バラックにとって幸運だった。
 だが移籍して最初のシーズンは、先に書いた怪我もあり、ほとんど試合に出場できなかった。シーズン終盤にようやく復帰し、「復活」を予感させるプレーでチームの躍進に貢献。あわや優勝か、という位 置にまで迫った。結局は二位に終わったものの、七年ぶりにチャンピオンズリーグ出場権を獲得する。
 「ドイツに行こうかな」と思いついたのは、たぶんこの頃だったと思う。おそらくバラックにとって現役最後となるであろう、2011-2012シーズン。そもそも、私が彼のファンになったのは2001-2002シーズンの活躍を見てから。あれから10年、またレヴァークーゼンに戻ってきた彼のプレーを目に焼きつけておきたい。それも、チャンピオンズリーグという最高の舞台で。


2010年6月、バラックは9年ぶりにレヴァークーゼンに復帰した。
レヴァークーゼン市はドイツ西部に位置する、人口約10万の小さな街。写真はブンデスリーガの試合当日、ホームスタジアムのバイアレナに向かう人々。手前は練習場。


どん底からのスタート

 ドゥット新監督を迎えて始まった今シーズン。シーズン前にはバラックの不名誉な「代表強制引退」騒動があり、「バラック時代の終わり」を強く印象づけさせた。もう35歳になるのだから、それは仕方がない。だが代表からの引退が不名誉なものだった(ある意味バラックらしいのだが)からこそ、このまま終わっちゃいけない。こんな素晴らしい選手が、このままキャリアを終えるなんて絶対ダメだ。必ず、クラブでは名誉挽回となるような活躍をしてほしい。それは、彼を応援する世界中のファンの願いだっただろう。
 だがそんなファンの思いを逆なでするかのように、今シーズンのスタートは最悪なものだった。リーグ開始直前のDFB杯で、2部のチームに「まさか」の逆転負けを喫したのだ。しかもバラックが交代で出場してから逆転されるという、素晴らしく悪夢のような展開。「やはりもう、バラックは終わった選手か……」と思わせるには充分の内容で、八日後のブンデスリーガ開幕戦では、スタメンにバラックの名はなかった。
 その後もベンチスタートが続き、「8月末の移籍期限までに、他のクラブに移籍するのでは」という噂がメディアに上るようになる。まさか、いくらスタメンで出られないからといって、バラックが今さら移籍を望むなんてありえないし、レヴァークーゼンがバラックを放出することもありえない。私はそう思い、それらの噂を無視して、メディアに振り回されまいとした。(すでに10月のドイツ旅行を計画し、試合のチケットを買っていたことも大きかった)。
 「悪いニュース」はさらに続き、長年連れ添った奥さんとの別居が明らかに。私生活までひっくるめてあれこれ書かれることにうんざりしたのか、この頃から、バラックが国内メディアの取材に一切応じなくなった。

 私はといえば、旅行の準備を進める中で、無意識のうちに「旅の目的」を試合観戦以外にもたくさん作っていた。そう、中盤に実力派の若手がひしめく今のチーム状況からいって、バラックは試合に出場できないかもしれない。どうせ行くなら楽しい旅にしたいから、バラックが試合に出なかったときの「保険」として、サッカー以外にもたくさん目的を作ろう。幸い、ドイツにはバウハウスビルケンシュトックなど、私の好きなもの、興味のあるものがたくさんある。
 無視しつつも気になっていた移籍は、結局、何事もなく期限が過ぎた。獲得オファーはいくつかあったが、全てバラックが断ったのだと知ってほっとした。何より、バラック自身がレヴァークーゼンに残ることを選んだことが嬉しかった。そしてますます、現地でそのプレーを見たくなった。サッカー以外にも見たいもの、行きたい所がたくさんあるドイツだけど、やっぱり今回の旅のメインはサッカー観戦だ。

⇒続く